江戸指物師の家系に生まれ、伝統技法を忠実に継承し、木材の特性を巧みに活かしつつ様式美を追求する島崎氏。釘を使わずに木材を精緻に組み上げる組手技法は、強度と耐久性を高め、漆仕上げによる木目の美しさは一点ごとに異なる表情を見せます。技巧を誇示することなく、堅牢さと繊細さを併せ持つその作品には江戸の粋が凝縮されています。日本工芸会正会員出典: 株式会社 和光 133×320×H203作品の景色に年輪と共に現れている独特な模様があります。これは、御蔵島桑の樹齢何百年級巨木の根に近い部分が自重により一層変化した模様のようです。一本の巨木から取れる量、面積は少なく非常に希少な材料と言えます。材料は、先に述べた事からも硬く加工もままならない材料と思われます。模様の密度の差で生じるのか、作品を見る角度によって煌めきが木目の中で蠢く(うごめく)ような景色となっています。*拡大画像江戸指物は、一人の職人が木材選びから仕上げ、金具付けまで全ての工程を一貫して行う「一貫生産」が特徴です。工房には、全ての工程作業に必要なあらゆる道具が揃っています。(一部展示)木工芸では加工前の工程として、曲がりや割れの対策として木材を乾燥させます。通常は横に寝かせますが、当木材は密度の差により割れが生じるため、立てて数年かけ整えるそうです。木工芸は、作り手が工程の時々において材料の状態などを感じながらの作業となります。指物の加工技術の巧みは言わずもがな、美意識の高さと重ねていく工程を見極める精神力が必要とされる制作となります。本作品ように精度の高い仕上がりは、根気強い積み重ねによって生まれます。ここで用いられている「拭き漆」は、木地に透明または茶褐色の生漆(きうるし)を薄く塗り、布で木目に摺り込むように拭き取ってから乾燥させる作業を繰り返し、木材本来の木目を生かしながら、独特の光沢と耐久性を出す伝統的な漆工芸の技法です。何度も工程を重ねることで、徐々に艶と深みが増し、木地が保護されて長持ちするそうです。木材が自然界で生きた証を景色として浮き上がらせる技術です。この度の展覧会で漠然と思っていた指物像と異なる、樹木の力を引き出した圧倒的に美しく崇高な作品群を拝見し、感動しました。現在、島崎江戸指物を継承する人材がいなく材料も入手困難になっている様です。島崎敏宏先生が守られてきた伝統工芸「江戸指物」の歴史の継承が続いていく事を願うばかりです。《資料1》出典:京指物資料館京指物は平安時代に、貴族文化の中で生まれ、室町時代に茶道文化の確立とともに発展し、桐やヒノキを用いることが多く、また蝋色(ろいろ)の漆(うるし)、螺鈿(らでん)、金工を施した装飾的であるがシンプルで洗練されたものが多いのが特徴。江戸指物は江戸時代に武家文化とともに発展し、粋で、大胆に木目を魅せるものが多い。《資料2》出典:AIによる概要桑(くわ)の杢目(もくめ)は、緻密な木目と美しい艶が特徴で、特に伊豆諸島の御蔵島などで採取される「金桑(きんそう)」「島桑(しまぐわ)」と呼ばれる最高級の桑材は、経年変化で奥深い金褐色に変わる独特の色彩と、タクリ杢、玉杢、縮杢などの幽玄な杢目が現れることで高く評価されます。《余談》拭き漆金沢の漆芸家に拭き漆を昇華させ「漆を残す技術」を追求されている作り手がおられます。作品の表面は、透明で厚みのある漆の層になっており、光を取り込む大理石のような景色となっています。初めて拝見したその作品群は、整った光沢が美しく、年輪や黒柿の景色に深みを感じました。いつの日か、ご紹介できれば幸いです。